枠の中の自由。

2015/07/27, 10:03

■つらつら
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今日はいつにもまして取りとめがありませんので、ご注意ください。
響いたり伝わるかは保障しませんなにごとも。
さて、本日は記事タイトルを

 「枠の中の自由」

としました。本当は

 「箱庭の中の自由」

にしたかったのですが、被っている著作物や刊行物はあるかな?と検索したら、
ボーイズがラブラブする本と完全一致するのでね。
弐挺拳銃は健全サイトですのでね。変えますよね。

本題いきましょかー。
■こいこい
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こう、自由って何ぞや?みたいな、大きな話ではなくてですね。

自分が今どういう枠に収まっているのか、
どういう環境にあるのか、
あるいはそれを飛び出して、新天地を求めんとしているのか。

これを把握すること、大事だよなぁーって。
そのなかで謳歌できる自由を見つめること、
「枠の中の自由」を尊ぶことが、
いろいろとうまくいく秘訣なのでは、と思うのです。

そのとき、ココってどんな枠や箱庭なのか?を認知しておくのも大事。
サイズこそケースバイケースだけれど、この了解は大事。
枠だけに。ケースだけに。







■制限あればこそ
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人間の脳は、

 「何をしないべきか」

の判断に、大変なエネルギーを費やしています。
例えばいまこのブログ記事を読んでいるあなた。そうあなた。
今ここで奇声をあげても良いです。さぁどうぞ。

…と言われても、ですよね。
その必要がない、周囲の目がある、その他色々な理由を引っ張れますが、
他人から言われてまでも行わなかったということは、つまるところ無意識のうちに、

 「奇声は発しないでおこう」
 「逆立ちしないでおこう」
 「脱がないでおこう」

を判断しているのです。
現時点で、「奇声をあげていい枠」になかったから、その判断をした。
それは脳内で議題にするレベルの問題でなかったから、考えずとも下せた。
もうちょっと高度な判断が必要になれば、それが「考えること」になりもします。




イギリスの作家、G.K.チェスタトン

 「芸術は制限の中にある。全ての絵画は枠にこそ真髄がある。」
  (原文: Art is limitation.The essence of every picture is the frame.)

と述べています。
絵を描くとして、どこへどのように?
紙か布かデジタルか、油絵なのかアクリルなのか鉛筆なのか、
サイズはどれくらいで縦横は?
それらは、作品そのものと同じ、あるいは作品を内包する存在として、
作品以上に重要である…と。

人生をひとつの絵画、物語…芸術とするのならば、
その「枠」をどう認識し、設定するかも大事となってきます。
オラクルにおいても、地球においても、それはきっとおなじ。

すべての出発点であり、すべての収束点である「枠」。
このところどうもうまくいかない!とか、
なんだか迷っているなー…という方は、
まず自分の今の枠を認識したのち、
その中での自由に目を向けてはいかがでしょうか!

といったところでいったんはポイッ。
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