何かを貶して何かを持ち上げるという愚策

2013/10/29, 09:48

■↑↓
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「Aはダメ、それに比べてBはすごい」

のような論法はキライです。(直球
何かを貶すことで落ちるものは、自身の評価だということを忘れてはならない。(戒め


以下は、ちょっとネガティブな香りのする記事かもしれない!
気をつけて閲覧してください!
■画像は文章と関係ありません
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感情で貶すことと理論で比較することは、結果が似通っていても意味が全く違います。
なぜ「Aにもこういう良いトコがあるんだけど、この点でBのほうがいい」のように言えないのか!
貶すことで、それ以外の評価が良化すると思っているのでしょうか!
相対的にはそう思えるかも知れませんが、比較できるということは共通項が多いワケで、
つまりはブーメランになり得るのです。そこんとこ大丈夫なんか!
敢えてショッキングな発言をすることにより、耳目を集めたいのでしょうか!
正論やったら、宣伝なんかせんでも目に留まるものなんやで。
そう考えるとこの記事は先行きが怪しいですね…(困惑


悪いところを見つけることは簡単なんです。簡単だから、誰でもできちゃう。小学生でもできる。
結果や数値を見ればどちらが劣っているか一目瞭然だし、その過程でもいくらだってボロを見出せます。
これは現実世界もネット世界も関係なく、誰だってそんなことはできます。
でも反対に、良いところを見つけることは難しい。
むやみやたらに褒めれば良いわけではなく、しっかりと対象を見極める必要があります。
単純な見方では測りきれない部分は多く、全体を把握しなければ見落としてしまいます。
クーナちゃんのライブに行ったとします。
ライブは歌やライティング、ステージ周りの雰囲気なども含めて評価となりますが、
ステージ横の植木が元気でよかった!」と褒めるのは少し的外れです。
…周辺への手入れも行き届いている、という意識での発言だろうと汲むことは可能ですが、
それは発言者が頭を働かせて正しく表現すべき部分です。
そもそもでいえば、果たして植木の管理をしていたのかどうかを把握していなければなりません。
適当に褒められたときって分かりますよね。あ、コイツ見てへんかったなって。
逆に言えば、どの部分に主眼を置くか、本質とするかは人それぞれながら、
軸しっかりと持ち、真摯に捉えてさえいれば、アングルや表現は違っても伝わるものにはなるのです。
と書くと大仰ですかね!



難易度SHが実装され、様々な装備品が実装されました。
これらは「総合的な性能を見れば」既存のものを大きく凌駕しているといえます。
(新ユニットとか、ガンナーでいえばブラウヴィントやらアタッシュオブス等)
その件に関して記事を書いた(こちらとかこちら)後、暇な時間にほうぼうを見て回った際に、
上記のような、一方の欠点をあげつらってもう一方を持ち上げようとする主張がちらほらあったのです。
重箱の隅をつついて出たものを針小棒大に、他の意見を省みもせず声高に。
それは「私の見識では長所を見つけることが出来ませんでした」という降参表明なのか、
単純に悪意を持ったディスり(という日本語?が嫌いですが)なのかは知らない!
どちらにせよ、そのようなものを目にしてこんなクソ長い文章を捏ね回している人間は私です。


そんな私は、折に触れて「ヤスミノコフ9000Mが一番」と書いています。きっと何十回も
ですがその主張の中に、他の装備品を否定する意味は一切含まれていません。
(About this BLOGにもありますが、根拠の提示できない否定はしないようにしています。)
否定というものは、言及にしろ言外にしろ、自身の中にある"何らかと対象を比較"することで行われます。
今回の記事で言えば「件の論法を否定」していますが、それは根拠をこの文章で提示している…
と自分では思っているから!どうだろう!
「こう思うからダメ」と一方の意見を書き殴ってぶつけたとして、それが仮に多数派であろうと、
反対の立場の方達を蔑ろにしてしまうことになります。
現実世界ならばそのような尊い犠牲も必要なことはありますが、これゲームですから。
みんなでお手手つないで仲良くゴールができる世界ですから。
他の見解、スタンスが人の数だけあるわけで、それらを自分だけのものの見方で否定できるほど、
私は世界を知りませんし、人と出会ってもいません。ゆえに否定できるだけの根拠を持ちえない!
それを全く弁えず、他を蹴落とそうっちゅう姿勢はアカンと思う!というのが今回の論旨です。



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そして、私がヤスミノコフ9000Mと"対象を比較"したところで、全ての評価にオーバーレイしてしまう
「好きだから」
という伝家の宝刀がある以上、ヤスミと他を比較すること自体、私にとっては時間の無駄なのです。
そして、「好き」という感情は、私の中では相対的なものではなく、絶対的なものです。
「あれに比べれば好き」という表現もできますが、悪く言えば、軽い。
そんなモンじゃないんです。私の愛はマツコデラックス級に重い
もちろん、これまでの人生やらアークス生を送ってきた上で積み重ねてきた価値観は存在しますから、
それを元に様々な面を評価をして、細部の比較や順位付けをすることはできます。
性能面ではあちらがこれほど上、取り回しの融通はそれがどれだけ上、というように。
でも、それをしたところで(自身の)結論が変わらないのですから、する必要がないのです。

例えば、物議を醸したブラウヴィントの実装。私は「良いことじゃん」と書いています。
大好きなヤスミノコフ9000Mの、武器性能面では完全なる上位品です。
これを個人で捻じ曲げることはできません。できるとすれば「表記が間違っていた」場合のみ。
数値ほど雄弁に語るものはありません。
ここで大事なことは「性能面で上位品であることと、個人の感覚は完全に別物」と理解すること!
そして同時に新しい双機銃であり、今までになかった新機軸(法撃力)を持つ双機銃でもあるわけです。
強い双機銃を待ち望んでいた層には朗報であり、
法撃力つきの双機銃を渇望していた向きには福音であり、
ファンシーな外観かつ性能も伴った双機銃を願っていた方達には僥倖なわけです。
そのような方達の存在がある、ということに少しでも頭が働くなら、軽々に否定なぞできないはず。
加えて私は上述のように双機銃が好きなわけです。もう否定するポジション自体が全くありません。
しかししかし、そのように理解しながらヤスミを使うのは「好きだから」であり、
「射撃力が高いから」「潜在が強いから」「長期的に価値を維持しそうだから」「かわいいから」
というようなファクターは、全て「好きだから」に上書きされてヤスミノコフ9000Mが大逆転勝利。
9回裏2アウト、334対0で負けていても、ヤスミノコフ9000Mが代打に立つだけで9800点が入るわけです。
スコアボードに輝く334-9800x。すばらしい試合だったね(ニッコリ

ヤスミより強い、高い、様々な長所を理解していますし、議論反論の余地はありません。
でも、それを飲み込んで尚性能が劣るものを選ぶ、性能以外の部分で選ぶというチョイス。
それを貫き通すだけの強い決意というものは
"他と比較"することで得られる何某かではなく、自身の内にあるものこそが重要なのではと思います。
って書くと凄いえらそう!何様だお前は!


はい、過去の私は、FF11というゲームに頭の先までどっぷり漬かっていました!(唐突な自分語り
その時のクラス(FF11でいうジョブ)は狩人。銃と弓とダガーが使えるからね。ドストライクだね。
FF11には"HNM"という、時間式で登場するエネミーがおりまして、それを独占するために
わざわざ現実世界で連絡網を作るようなチーム(FF11ではリンクシェルという)に所属していました。
そういうチームですから、装備品=最高性能であるべし、となるのは当然です。
STRが1上がるからと500万ギルの差額を出したり、飛命が上がるからと1000万ギルを出したり。
外見なんて全く気にせず、半裸ターバン姿(男キャラ)が跋扈する世界です。
ネタに走るでもなく、性能を求めるがゆえの半裸ターバン。
文字通り「最強のためなら何でもする」を数年に渡り続けてきた経緯があります。
リディル、アナイアに始まり与一、マンダウ、ガーンデーヴァ、アルマゲドンといった装備も揃え
ずっと走り続けてきたわけですが、次第になんだか違うなぁと思うようになっていきました。
他人と自分のダメージを比べ「こっちが平均で20、最大で100上だ!やったぜ」という楽しみ方以外に
もっとこう、自分の内なる欲求を追及したい!という気持ちがふつふつと沸いてきたのです。
そうなるとやはり、FF11で狩人を選択するに至った、PSOのヤスミノコフという銃に行き着き、
丁度のタイミングでPSO2にガンナー&ヤスミ実装!という話を聞き、火がついたというわけです。
その火はまだまだ衰えるところを知らないね(ニッコリ

…私の話が続いて恐縮ですが、今までに実装されてきた双機銃は、
最近追加されたもの等の未入手品を除き、手に入れたらずっと手元においてあります。
FF11でも同じようなことをしていました。遠隔武器保管用倉庫が2キャラいました。
2000万で買ったエレナは一度も実戦に出していませんが、いまだ倉庫に保管しています。
これからも増え倉庫を圧迫し続けることでしょう。
…普通は「無駄遣い」「もったいない」と感じるのが正常だと思います。
でも、FF11では狩人、PSO2では双機銃やガンナーという括りが好きだからこそ、
その物的証明を残したいというか、コレクター欲というか…。
そういう想いから、長じて「双機銃は全部仲間!」的なスタンスなのです。
ゆえに「○○はダサいからダメ、だから○○がいい」というものを見ると、しょんぼりしちゃいます。
そのような地点を既に通ってきた身(と書くとこれまた偉そうですが)としては、
もっと楽しんでええんやで!と思うとともに、もったいないなぁなんて。



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殴っても良いのは殴られてもいい人だけ。
ヤスミを餌に他を貶すのは、ヤスミを貶されても良い人だけです。
そんなのはヤスミ好きやあらへん!ただ強うてイケとる装備使ってる俺カッケーなだけやろ!(暴言

そうではない!というあなたは、ぜひアークヌ・ミュージアムに思いの丈をぶつけてください!
という宣伝をして終わります!
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COMMENT

同意できる分が非常に多いです。
レアや愛用品には好きという感情を持ち込んでよい場所と僕も考えています。真剣勝負や戦争や裁判ではないのですから。
今の世の中は比較主義、相対主義、NO1主義が声高に叫ばれ続け、あらゆるメディアで毎日これらの主張が繰り返されます。
それが合う方も居ますが、現実で上記主義に傾倒し過ぎるとそれは悲惨。この日本と世界の状況は残念ながら非NO1であり敗者たる人間のが圧倒的に多いわけで。
一部の現実に敗れたと考え、または感じたやつがゲーム内での最強を異様に求め、他のプレイヤーを罵倒している訳で。正直、今のPSO2で最強装備と最強PSがあったところで並みの三倍の効率は出ませんし、三倍程度の効率でレアがでるかと言えば出ない訳でw
私なりのオンリーを貫きつつ今後も楽しもうと思います。
2013/10/29(火) 19:17:42 |URL|名無乃権兵衛 #- [EDIT]
◆ななし壱号さん
コメントありがとうございます。
どのようにプレイするかは人それぞれであり、それこそ最高効率を目指すこともアリですし、
ふらふらと漂うように遊ぶことだって立派なスタイルです。
お互いがそれを理解して尊重しあい、住み分けることが重要なのかなーと思います。
また私自身、隙あらば躊躇無くヤスミを取り出すような人間ですが、
「ちょっと今の状況はヤスミではないかな」という時には
これまた特に躊躇無く、パンドラや不知火などに持ち替えています。
周囲と協調すべきとき、自分のこだわりを貫くべきときの見極めも、大切にしたいところですね!
2013/10/30(水) 09:30:01 |URL|松乃雪 #- [EDIT]
その通りだと思います。
そもそも、ネットには「とりあえず批判から入る」というスタンスの人が多すぎるんじゃないでしょうか。
ネットのニュース記事のコメント欄なんかを見ても、記事の内容に対して「あれはダメ、これもダメ」なんてコメントばかりで、肯定的な意見なんてほとんど見ません(某ポークスさんの記事のコメント欄を見てもウンザリする時があります)。
あんまりにもそういうのが多いので、そういう人達というのは記事の内容はどうでもよく、批判すること自体が目的になってるんじゃないかなぁ、と思ってしまいます。
それは何故なのか。勝手ながら推測すると、
「他者を貶めることで優越感を得たい」
「批判することでわかったつもりになりたい」
…ネットではこういう人達の方が声が大きい様に感じます。
それから、
「そもそもネット(特に匿名の場)では殺伐とした雰囲気が基本である」
という前提、そして何よりも、
「褒めるより批判する方が楽だから、ついそういう発言をしてしまう」
…あたりが理由になってるんじゃないかなあと思っています。
やっぱり褒めるより批判する方が圧倒的に楽です。適当に悪い所を見つけてイチャモンつければいいんですから。
でも褒めるのは難しい。クーナのライブを見て「クーナが可愛かった」なんて言われても、「ホントにライブ見てたのか?」って思ってしまいますし。
でも「ライトの演出や踊り、歌のメロディーと歌詞が全てマッチしてた。観客のペンライトも演出の一部の様で、素晴らしい一体感だった!」という風に言えば、あぁこの人はちゃんと見てるんだなあ、と思えますし。
だから褒めるということはまず全体を見て、その上で意見を述べる必要がある、そんな場面が多いわけで、そういう点で批判するよりも難しいんじゃないかなーと思います。
(どうでもいいですが私は小学生の頃、作文の中で「すごいと思った」と書いたところ「どうすごいと思ったのか書け」と言われて言葉に困った覚えがあります。ちゃんと褒めるのって難しい。)
もちろん批判すること自体が悪いというわけではありません。要はその意見が中傷的なニュアンスで言われているのか、それともマジメに批判するつもりで言っているのか、それが重要なんだと思います。
だから今回の場合で言えば、「~はダメ、~こそ最高!」の様な発言を見ると私は「なんだかなー(阿藤快)」と思ってしまうのですが、「~のここは良いけど、~ではこっちの方が良い」という様な意見に対しては、(偉そうですが)ちゃんとした批判だな、と思うのです。
それは前者の意見がとりあえず叩きたい的なニオイを感じるのに対し、後者はそういった感情抜きに冷静に批評していると感じることができるからです。
中傷的な声の方が大きいネットの中で、後者の様な意見というのはむしろ貴重なのかもしれません。
話が長ったらしくなってしまいましたが、私が言いたい事は「どっちも仲良くしたらいいやん!」という事だけです。
私も普段松乃さんと同じような事を思っていたため、つい長文になってしまいました。適当に読み飛ばしていただいて結構です!
(関係ないですがゲッテムさんがミラージュになっているという事はそのヤスミはヤスミラージュ?)
ではでは。
2013/10/31(木) 01:07:06 |URL|アスカ #ogEFJAfc [EDIT]
◆アスカさん
コメントありがとうございます。
斜に構えてる俺カッケーは太古より連綿と続く厨弐病の基本状態ですが、
それをこじらせて「陰謀論」や「否定的スタンス」を振りかざすオトナになると厄介ですよNe!
私は接頭語に「いや」「でも」「だから」「ていうか」あたりがつくと、話し合う気が2%程になります。
そのような言い回しをする方が多いように感じるのも、この記事を書いた遠因かも知れない!
本文中にもありますが、否定することは本当に簡単で、褒めることは案外難しいことです。
お書きになっている「すごいとおもった(小並感」も、じゃあ何で凄いと思ったの?と聞かれた時に
きちんと答えられてこそ、褒めるという行動を正しく為したといえますよね。
それをするのには色々と考えたり洞察することが必要であり、人間の能力の一つだと思っています。
中傷のニュアンスを感じ取れる書き方、一方的な感情論の押しつけなどは
やはり見ていて気持ち良いものではありませんよね。
例え「ヤスミかっこいい!」が本質だとしても、「○○ダサい、ヤスミと比べると最悪」という言は
○○を好きな人だっているやろー視野広くしてやーと思ってしまいます。
のみならず、最悪のケースでは「なんでや○○いいやろ!ヤスミなんて古臭いのがアカンわ!」
という無駄な炎が燃え上がりかねないわけで、自慰文を書き殴った本人以外、誰も幸せになりません。
そういうのはチラ裏であろうとアカンやろ、というのが今回の記事であり、
お書きのように「仲良くしようぜ!」の一言で終わる文章だったということです(白目
ちなみにお察しの通り以前作成したヤスミラージュです!
それにしてもお母さん、コメントの返事なのに長すぎだよコレー。なんだかなぁー。(阿藤快
2013/10/31(木) 22:11:59 |URL|松乃雪 #- [EDIT]
(´・ω・`)ヤスミを使い続けるあなたの愛、ステキよ輝いてるわ
(´・ω・`)これからもその素敵な信念貫いてね応援してるわ
2014/09/14(日) 01:16:50 |URL|(´・ω・`) #- [EDIT]
◆ななしのらんらんさん
(´・ω・`)そういってもらえて嬉しいわ
(´・ω・`)これからも私らしくいくわね
2014/09/14(日) 13:23:55 |URL|松乃雪 #- [EDIT]

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