文章ってむずかC

2013/12/14, 09:00

■簡潔≠短い
img262fb256zik1zj.jpeg

アークヌ・ミュージアム選考の合間に息抜きとしてチラ裏。
そういえば、応募して頂いた方のうち、2名にお返事メールを送れていないことに気付きました(白目
かといっていまから送ると「選ばれたか!」とぬか喜びさせちゃいそう(選ばれないというワケではなく!
ので選考終了後に改めてお礼のメールを送らせていただきますね!すみません!



文章ってむずかしいですよね。
さまざまな表現がありますから、書く人によって、同じテーマでもアプローチが大きく違ったり。
私はよく長文を書いてしまうのですが、その原因は
「別の言い回しで補足しないとうまく伝わらないかな…」とか、
「反対側の視点からの評価も付け足さないと説得力ないかな…」などを意識しちゃうからだと思う!
"言葉足らずによる誤解"や、"片一方しか見えていない意見"はやだなぁというきもち。

このスタンスは「簡潔かつ目に飛び込む形で表現する」の反対です。(早速でました反対の視点)
それらいわゆるキャッチコピー的、今北産業的アプローチの利点としては
・焦点が絞られているためわかりやすい
・明瞭でインパクトがある

あたりが大きなところでしょうか!しかしコレは一方で、
・簡潔にする過程で捨てられる情報や内容が多くなりがち
という、かなーりデカいデメリットになり得ます。

「短いほどいい」わけではなく、短くしたがゆえの勘違い・取り違いも割とあります。
スポットライトを当てた所・時だけは鮮やかに浮かび上がりますが、それ以外の所・時は暗がりの中。
場合によっては"薄い"ニュアンスがライトに掻き消され、重要なコトを見落とす恐れがあります。
…だからと無闇に長くするのは良くありませんががが!
論文やレポートのようなフォーマットならば、簡潔に正確に表現すべきです。
パラグラフをしっかり固め、それらの繋がりを…と進めていく必要があります。
ですがそうではない、思いの丈を綴るとか、問題提起という程度であれば、
多少長くて雑多になろうと、感想や意見を交えたほうがイイよねと思うわけなのです。
つまり適材適所なわけです。そのことをダラダラ書いているのがこの文章というわけなのです。
なのなのです。
■取って捨てる
例えば、ダークファルス本体にGu/Raでいくという選択という記事。
この記事で伝えたいことを今北産業的にいえば、「Gu/RaでDFやるのもええで」ということ。
あんなにたくさんの文字を費やさずとも、その部分"だけ"は伝えることはできます。
ですが、
・なぜGuがサブRaに向いているのか
・Raが少ない状況なのはなぜか

等の記述・情報がなければ、お前がサブHuやりたいがための誘導だろとか、
他人のプレイスタイルに注文つけるんじゃねえよ等の反発があってもおかしくありません。
それを防ぐためには、どうしても説明解説背景紹介がほC。でも、簡潔なまま盛り込むことはむずかC。
…となったとき、「どこまで言及するか」「どこまで省くか」という取捨選択が重要です。

言及しすぎると読まれないし、省きすぎると伝わらない。
この塩梅が、何かを表現し、伝えたいのならば、非常に大切です。

件の記事では"GuはRaと同等の長銃が使える"と書きました。
人によっては、非射撃職との差別化が図りきれない!と具体的な数値を追加する方もいるでしょうし、
そんなことはちょっとプレイすればわかるだろう、と思う方はこの記述をしないことでしょう。
(この書き方なんてモロに"別の言い回しで補足"ですネ)
そのような取捨選択の積み重ね方や判断基準というものが、文章の個性や特徴であり、
ひいてはその人自身の映し鏡だと私は考えます。



■冗長化不可避
伝えたい核の部分と、それをサポートする殻の部分があわさってひとつの文章になります。
いうなればマトリョーシカ人形のように、一番小さな人形(核)を覆う大きめ人形(補足情報)という形。
何段重ねにするか、どのような模様にするかは上に書いたように個性です。
当記事は「文章って書き方一つで伝わり方が変わるから難しいよね」が核。
それを覆うウザいまでに長い文章。これでも多少省いてはいるんですよ!ほんまに!
省かなかったらスクロールするだけでも10秒かかるレベルの長文を書けます。(真顔
でも、そんなの読みたくないですよね。私も書きたくないです。

じぶんの思うことを100%伝えることは…不可能ではないのかもしれませんが、非ッ常にむずかC。
まして、抑揚や表情といったツールのない「文字」であれば、なおさらです。
文字色や大きさは抑揚に近いのかも知れませんけど、声ほどではないですよね。
そのなかで、いかに100%に近づけていきつつ、どこで妥協するか?
イメージですが、言いたいことの50%を伝えるための文章量が10だとすれば、
70%伝えるためには20、80%伝えるには40、90%伝えたいなら100、
99.9%を目指すのなら300くらい必要に思います。
画像や映像、音声を保存する際、人間には感知できない部分を適当に処理することで、
ファイルサイズを抑えたり、処理を円滑にする手法は一般的です。それも一種の取捨選択といえます。
余さず!すべてをありのままに!となれば、ファイルサイズが大きくなるのと一緒ですね(適当

また、量だけでなく、その質も重要です。
良質な100は読み進められても、陳腐な20は苦痛です。耳が痛い。
伝えようと頑張った結果、クッソ長いのに内容がボヤけているとなれば、いろいろと浮かばれません。
そして、長文はそれだけで読み手のエネルギーをガッツリ奪います。
話題のターゲットがあっちこっちへふらふらりするのも乙ではありますが、読み手がたいへん。
そのような文章を書いてしまうと、実態以上に低評価だったり、伝わらなかったりします。

長さ100で内容60のものを長さ200にしたとき、内容も長さに伴って90あたりにできればいいのですが、
70くらいにしかならないのであれば、100にとどめておいた方がお互いに幸せ。


■人はそれを「駄文」と呼ぶ
ここで、ちょっと上のほうに戻ってみてください。
「何かを伝えたいのならば」と書いてありますね!

このブログはザ・チラ裏for私でありまして、基本的に何かを発信するところではない系!
伝えるというよりはダイイングメッセージみたいなものです。
つまりココは話の内容があっちこっちへ行き、クッソ長い割にどうでもいい文章を書くところであり、
だからこそなんで毎日1000人も見にきてるのと常々思っているわけですね!
この記事だって特に意味は無く、何かに対してのメッセージなんてこともなく、
冒頭に書いたように息抜きとしての殴り書きだったりするわけです。
それでも、書いているうちにちょっと気付けることがあったり、
読んでいるうちに何となく理解できることがあったりすれば、もっけのさいわいというわけなのです。
というわけで、チラシの裏を公開し続けているというわけなのです。
そんなわけなのですー。
関連記事

COMMENT

会話の中での短文は理解できる人には理解できるし解らなければ問えばいいけど、
こういう文章だけを提起(チラ裏だとしてもね!)してる場合、
問い難いところがあって伝える側も思考錯誤する面がありますねえ・・・。
わたくしめは普段ど阿呆なことばっかり言ってる(悪い?意味で)のですが、
真面目な話になると歯に衣着せぬ為相手を泣かすことが少なからずあります。
泣かれると非常に困りはしますが感情で表してくれると、
伝わったんだなって思うところもあって複雑なものです。
詰まるところ長文でもいいじゃない!プレイスタイルに文句言うなって人は
どうせ長文の内容ほとんど飛ばしちゃうよ!!!ってことですね!
・・・どこらへんが詰まるところだったのか・・・。
2013/12/14(土) 10:36:04 |URL|8鯖アークス華燕 #- [EDIT]

COMMENT FORM

  • URL:
  • comment:
  • password:
  • secret:
  • 管理者にだけ表示を許可する

TRACK BACK