かぎたま。

2014/08/11, 09:00

■PSO2は全然関係ないお話
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夏といえば、花火です。
様々な種類があり、いずれも美しさと楽しさのあるものですよね。
今日は、そのなかでも打ち上げ花火で使われる掛け声、「かぎや」「たまや」のお話。
…といっても、有名なことですから、何を今更、ではあるのですけどね!

花火が打ちあがったとき「たまやー」とか「かぎやー」と言う…人もいます。
これは歌舞伎の舞台で見得を切ったときに「中村屋!」というようなもので(余計分かり辛い
「(さすが)かぎや(の花火は逸品だぜ)!」とか
「(やっぱり)たまや(の花火が最高だな)!」みたいなもの。
現代日本の花火大会としては、廃れた風習ではあるのですけどね。
夏なんて毎日どこかで花火大会やってますしね。
玉屋さんも鍵屋さんも関われないとなれば、呼びようもありませんから。


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というように、今では全国各地で催される花火大会。
色とりどりの打ち上げ花火が夜空を飾り、夏の記憶に鮮やかな彩りを与えてくれます。
花火大会のルーツは、享保18年に京を襲った飢饉と、江戸で流行したコレラの犠牲者を慰めるため、
当時の将軍・吉宗


せっかくだからドォーンと送ってやろーぜ!



なんて言ったかは定かではありませんが(無責任)、
将軍肝入りの催しとして、花火師を招聘して行われたものだとされています。
それが隅田川の花火大会(今年はもう終わりましたけど)、元は「両国川開き」と呼ばれたイベントなのです。
で、その時に呼ばれた花火師というのが、「鍵屋」さん。
大一番でみごと大花火をドォーンと打ち上げ、粋な江戸っ子のハートをガッチリ掴みます。
それが冒頭の「かぎや」さん。
ドォーン。
■たまちゃん
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その後も活躍を重ね、花火といえば!の域に達していた鍵屋でしたが、とんでもない逸材が現れます。
後に「花火界のファンタジスタ」と呼ばれる、清吉(新八とも)。
当時、丁稚→手代→番頭という勤め人の身分がありました。丁稚奉公という熟語に名残がありますね。
20~30年勤続してようやく番頭となり、そこで認められれば独り立ちとなるのですが、
なんと清吉は"手代"の段で独立を認められたというのです。
どれだけのハナビ・アトモスフィアを持っていたかがよくわかります。
経緯は定かではありませんが、清吉が認めさせる形であったとか、逆に追放される形であったとか、
当時の六代目鍵屋が「こいつとシノギを削りたい」とジャンプ的に思ったからだったとか、色々。
ともあれ鍵屋から暖簾わけを許され、「玉屋」となります。
出店にあたっての支度金まで渡したという話もありますね。

ちなみになぜ玉屋になったかというと、鍵屋が守護神としている稲荷神…の使いであるお狐さんは、
片方は鍵を咥え、もう一方は玉(ぎょく)を咥えているからなのです。

「花火屋は 何れも稲荷の 氏子なり」

という川柳があるそうで、それに肖った屋号なわけですね。
お稲荷さんの総本山・伏見稲荷は、上記の咥え物をしたお狐さんが真っ先に出迎えてくれます。→画像
(画像元→寺社巡り.comさん)
リンク先にもあるように、場所によっては稲穂だったり、巻物だったりします。


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話を戻します!

さすがは「花火界のスティーブン・スピルバーグ」と呼ばれる清吉。
独立後もめきめきと頭角を現し、先ほどの両国川開きにも参加するようになります。
鍵屋と玉屋の競演…というと、双方がワッショイワッショイな感じ(意味不明)を想像しますが、
実際にはもう玉屋ファンばっかり。
(今もある)両国橋を境として、上流で玉屋が、下流側で鍵屋がと交互に打ち上げたのですが、
みーんな上流のほうばっか観てる。
鍵屋「うちあげるでー」観衆「……。」
玉屋「あげるでー」観衆「たまやー!たまやああああ!」

タマヤー(Tamayer)だらけの御江戸は隅田川の夏。


「橋の上 玉屋玉屋の 声ばかり なぜに鍵屋と いわぬ情なし」
 ※情(ジョウ)と鍵=錠(ジョウ)をかけている。

「玉屋だと 又ぬかすわと 鍵屋云い」
 ※実際に鍵屋が言うたかなんてオモロければどうでもええねん。


なんて詠まれちゃうほどの玉屋age状態。
それだけ、「花火界のベートーベン」こと玉屋の技術は際立っていたといいます。
本家にとってかわる分家、兄より優れた弟のようなもので、これからはやはり玉屋の時代か!









と囁かれだした矢先、たまちゃん、大火事を起こします。
やらかします。
店が全焼したのみならず、お隣さんご近所さんを巻き込んだ盛大な花火を打ち上げたのです。(皮肉のつもり
事とけんかは江戸の」とは申しますが、家で花火するこたぁなかったんだぜぃ。(うまいこといったつもり
まったくしょうがねぇ、次からシャキっとしてくれよな!

…で済めばよかったのですが、運悪く、その日は将軍様が日光へお参りに行く前日でした。
大事な日を前に失火するなど言語道断!と幕府ニキ激おこ
かくしてたまちゃん、財産没収・家名断絶のうえ江戸追放と相成ってしまいます。
一説にはその後地方で細々と花火作りを続けたという話もあるようですが、
江戸の夏空を飾った「玉屋」は、まさに打ち上げ花火のように輝きを放ち、消えていったのです。





■フーリュースタンス
期間にして30年ほど、ただの一代で歴史の表舞台から退いた玉屋。
それでも未だに名を呼ばれるというあたり、日本的風情があると申しますか、なんというか。
…花火に向かって「○○屋!」ということ自体が純日本ではあるのですけどもね。

奉公側の立場から身を立て、取って代わるような名声を得ながら、一瞬にして栄光を失った人生。
まさしく花火のようで、美しく咲き誇っては儚くも舞い散る、桜のようともいえます。
判官びいきの精神もあることでしょう。
それだけ、人々の心を魅了したのです。

花火師としての技術はもちろん、生き様すら花火としたその姿に思いを馳せ、
私達は「たまや」と言うのではないでしょうか。


露天で人だかりに埋もれながら、空気の震えをも味わう花火も、
仄かに漂う蚊取り線香の匂いを感じながら、空に浮かぶ花を嗜む花火も、どちらもいいものです。
そして、今この花火に連なる歴史、その物語をちょっぴり味わうのも、なかなかいいものです。
…でも、それはふと思い出して、すぐ忘れてしまえばいいモノ。
眼前の花火の美に酔いしれることこそが、鍵屋・玉屋の両花火師が望んだことなのですから。












まとめ。






・火の不始末には気をつけよう。
・台風ふざけんなよ。



お粗末様でございました。
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COMMENT

そういえば、花火を見て「たまやー」と言わなくなって久しいなと。
幼き日の自分は、打ち上がる一発一発にはしゃいでは連呼していたなぁ...(遠い目
成程、鍵屋と玉屋にはそんな由来があったとは!(鍵屋を知らなかったとは言わない
とはいえ圧倒的な光景や雰囲気を楽しむだけではなく、偶にはそういった歴史に思いを馳せながら見る花火も乙なものでしょうね。
季節ごとのイベントとは縁遠い私ですが、花火は部屋から眺めていますね!ハナ・ビーを...(白目
ロビアク買わなきゃ
2014/08/12(火) 06:47:38 |URL|弐鯖 #- [EDIT]
◆弐鯖さん
記事中には書きませんでした(Twitterで書いた)が、言わなくなった理由の一つとして、
打ち上げられる花火の数が増えたこともあげられるようです。
一発一発に反応している時間がなくなった、ということですね。
それはそれで?栄の証左といえばそうなのですが、風情をおもえばなんともなところです!
…というあたりも含めて、和火うんぬんに触れられたら良かったのですが、
他の吉宗周りの小話も含めてバッサリカットしました…!それでこの長さ!
また笑ってお付き合い頂けたらと思います(小声
2014/08/16(土) 22:17:37 |URL|松乃雪 #- [EDIT]

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