ヨクバリスタンス。

2014/12/06, 09:00

■全部打ち返してやるにゃ
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あなたは、PSO2という世界に何を求めますか?
あなたは、PSO2という世界を含むバーチャル世界に何を求めますか?

___
私らしくない問いかけから始まりましたが弐挺拳銃です、ご安心ください。
いつものHENTAIです。変態ってゆーな!(マッチポンプのお手本
以前も何度かに渡って書いてきました、アバターという存在。
私達はこのアバターを通じ、バーチャル世界…狭義にはオラクルへ降り立ちます。
このあたりの捉え方については、そちらの記事群をご覧頂くとして。

 第壱回→オリエンタルテーマCにある鳥居のおはなし。(2014/10/4)
 第弐回→お狐様からダキニ天とヒンドゥー教のおはなし。(2014/10/11)
 第参回→アヴァターラというがいねんのおはなし。(2014/10/18)
 第肆回→アヴァターラとしてのキャラクターのおはなし。(2014/10/25)
 おまけ→あぬびす。(2014/10/21)


今回はその先、降り立った先である世界の捉え方と楽しみ方、なおはなし。
それはそれ!と切り離すタイプとか、現実から派生したピースと認識するタイプとか。
捉え方が違えば、浮かび上がる姿も異なります。
同じものを見ているのだから大体は同じでも、細かな所で違ってくる。
フォーシームとツーシームくらいは、違う。
この小さな違い、捉え方の別視点を理解すれば、
この世界の楽しみ方、味わい方もまた、変化していきます。
ツーシームが手元で少し変化するように。
今日はそのシームの差、縫い目について…じゃなかった、

 「この仮想世界だからこそ、この仮想世界であっても」

について、毎度ながら感覚的に突撃してみたいとおもいます。
■スパァン!(ハリセン炸裂音
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まず、テーマに入る前に。
ゲームはゲーム!と、現実と切り離すことは可能なのか?
簡易的にではなく、スッパァーンと分離できるのか?
これについて、私は…


不可能だと考えます。



だって、"仮想"とか"バーチャル"と言っちゃってますやん。
輸入元の英語では更に"事実上"なんて意味になりますから、分離しようがないのです。

あくまでも根っこの部分、現実が存在したうえで、存在しうる世界。
光があるから影もあるように、影があるから光を認識もするように、
現実があるから、バーチャル、仮想が存在しうるのです。
そのことを、名前からして既に物語っているのです。
未来には、このふたつが入れ替わることもあるかもしれませんけれどね。
それがマトリックスの世界なのだよ、アンダーソンくん。

しかし現代、まだそこまでいけてはいません。
どんなに画面の中で別存在にふるまおうと、操作しているのは自分。
走らせているのは自分で、喋らせているのも自分です。
つまり、どこまでいっても自分でしかない。
アバターになることを通し、対外的には別存在に装えても、自らの中ではおなじ「私」なのです。
中の人などいない!はガチ建前の冗談であって、
中の人が当然いる認識あればこそ成立する言葉遊び、大人の嘘ですしね。
例外もありますが、例外となるには現実を捨てるしかない。難易度高いです。
悟りという一大ジャンルでもなしえた人がそういないレベルで!
そんな無我の境地に至れるのなら、釈尊もびっくりです。
ネトゲやってないでインドいこう…!

まとめれば、
自分という存在を、自分からまるごと切り離せるなら、可能でしょう。
でもそれって、われら凡百には厳しいお沙汰
完全にセパレートすることは、ちょっとやそっとではできません。
できないことが悪いことでは全くありませんし、中には出来ちゃう方も極々少数いましょうが、
その天上を見上げ、私もできる!と盲信してしまうのは、ちょっとアレです。



■ちゃうねん
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…そういう話ではなく、単純に「現実とはちょっと違う」程度で、
現実ではできないことをしたい!くらいなら、当然可能です。
それを目的にして作られた世界ですしね!
仮想世界であるオラクルにアバターを投じ、生活していく上で、
オラクルだからこそ、仮想世界ならではの体験はたくさんあります。
あえて列挙はしませんが、やれることはだいたい当てはまります。

これのメリットは、自分の好きな人、モノ、事にスポットを当てやすい点。
自分から切り離された(と自身は認識する)存在を操るのですから、
あっちへふらふら、こっちへほわほわ、気の向くままに楽しむことができます。
切り離せている(と認識して実践する)なら、負の感情に巻き込まれることもありません。
もちろん、その時々では翻弄されてしまうのでしょうけれど、
最終的にはふわふわふよふよしていられます。
これはこれで、とても良い捉え方、楽しみ方。
自分の楽しいを何よりも優先でき、味わえるわけですから。
ゲームをゲームらしく楽しんでいる、といえるように思います。

これを実践している方は、先ほどのカテゴリよりはだいぶ多いように思います。
それだけ会得・体現しやすいのですが、それゆえ、先のモノほど完全性、無謬性を持ち得ません。
簡単にいえば、汚い部分は見たくないのに、どうしても目にはいっちゃう的な。
傷つきたくなくて切り離したいのに、どうしてもリンクしてしまう的な。
当然このあたりは十人十色。私が語り尽くすには更に数日を要しますから横において。
そういうのに流されないのが悟りだとか、無憂無風の精神なわけです。
…それが素晴らしいか?といえば、人間としてはどうなのかなーと思う部分もあったりしますが!
神仏になるということは、人ではなくなるということです。
アマヌシャですね。(唐突な過去記事紹介



■∈
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続いて、もう一方。
現実から派生したもの、と捉える側の思考はどうでしょうか。

このアングルは、ゲームを純粋な夢物語やお伽噺ではなく、
あくまで自分という人間が、アバターを通じて経験していること…と捉えます。
たぶんね。私はそう。
視点がキャラクター主体にはないのです。もう一歩引いたところを意識しているというか。
…もちろん、経験をしていくタイミングではキャラ目線ですけどもね!
そうしないと体験ではなくただの観賞になってしまいますから。
加えて、これはこれでデメリットもあります。
どうにも熱が希薄というか、距離があるぶん伝わり辛いのですよね。
見方を変えればそれがメリットにもなりますが…というのはおいといて。

仮想現実は現実世界のピースである、と冒頭で触れました。かけら。
たとえばヤスミノコフ9000Mは「私」にとってのアイコンですが、
アイコンでありながら、「私」を構築する一部分に過ぎません。
もちろん、大きさは群を抜いていますが、人間としてのバランスを損ねる程ではありません。
盲目的に、好きだ好きだ愛してる!も情熱的ではありますが、いささか利己的です。
そのベクトルの感情は、ともすれば攻撃性にも繋がりかねません。自分にも、他人にも。
本当に相手を想うのなら、相応しい距離感を測りあうことこそ重要と思うのです。
付き合いかた、といわれる類ですね!
と考えた場合、その位置づけ、「私」のどの部分に、どのような大きさで存在しているのか?

オラクルに属するいちプレイヤーとしての「私」なのか、
オラクルを内包する仮想世界に属する個としての「私」なのか、
仮想世界が属する現実に存在するツチノコ人間としての「私」なのか。


…さて、どこでしょう!というのは横において。
ヤスミノコフ9000Mも、松乃雪というアバターも、このブログも、
ゲーム内でお会いする人々との触れ合いも、ゲーム自体のプレイも、
ぜんぶぜーんぶ、行き着くところ、流れの終着点は

 「現実世界の私」

なわけです。
そこで全てを受け止め、処理し、還元され、栄養になり、血肉となっていくのです。
決して、自分が意図して作り上げた虚像の持ち物ではなく、あくまでも私自身のもの。
ぜんぶぜーんぶ、ぼくのなんだ。
仮想世界の出来事であっても、ぼくのなんだ。

現実世界からぽこっと飛び出したモノが、現実と仮想の垣根を経て、オラクルにいる。
私が、あなたが。
其は夢か現か?



■幻想とじゃれあう
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ってなかんじでー(軽
私は、ゲーム世界であればこそ、私自身がそこにいると考えるし、
ゲーム世界であっても、自らが選択した道なワケです。
綺麗に舗装された道でなかったとしても、選んだのは自分。
案外、その先には素晴らしい景色が広がっていたりするものですしね!
清濁併せ呑んで、正負全てを頂きたい欲張りさんなワケです。

そんな人間ですから、
「ゲームなんだから」と分不相応に着飾るのもしっくりこないし、
「別の自分だから」を盾に人様へ迷惑をおかけするなんて横暴もしたくないし、
「別世界なんだし」と臭いモノに蓋、良い所・甘い汁だけ味わおうなんて振る舞いも好みません。

性別も外見もまるまる違うし、そもそも私大阪弁喋れない
でも、行動や発言の意図程度、あくまでエッセンスだけとはいえ、私の移し身。
私と繋がっている、切っても切れないアヴァターラなのですから。
と繋がる、あなたのアヴァターラ。
であればこそ、余計なフィルターや色眼鏡を通して見たくはないものです。
自分を守るため、隠すために必要な部分であったり、
そうすることでしか歩み得ない道があることもわかっているつもりですけどね。

この姿勢でいれば、数々の成功や達成はまるっと自分の糧にできるし、
それらを通した蓄積や発見、感動は自分のものです。
同様に、望まない失敗や悲しい出来事もすべて自分に投射されるし、
それらが齎す絶望や焦燥、悲嘆も自分のものです。

…この、後ろの部分。
辛い、苦しいことも自分に跳ね返ってくる、的なこと。
私は「酸いも甘いも」な体験型人間と書きましたし、この部分こそ重要なのですが、
せっかく楽しむために来ているのに、なんでそんなこと!
と、コレを厭い嫌がり、遠ざけようとする心理もまた、理解します。

理解するのですが、それって半分しか味わえていないんじゃないかなぁ、とも思うのです。
もちろん、別に全部味わう必要なんてないのですけれど。
コース料理を頼んだとしても、無理に全部食べる必要はないのですから。
…それでも、全部食べられたほうが、たぶん満足感はあると思うのですよね。
好きなものをチョイスできるレストランなのだからできる振る舞いであっても、
シェフが考えて用意したものを、全部食べて評価してあげたいなぁ的な。

例えばレアアイテム掘りも、確率と運不運と結果だけを唯々あげつらうより、
そこに至る全てのものを飲みこんで消化したい派です。
であれば、表出させられるものはあんまりありませんよね。
このブログにネガネガがほぼ無いのは、そのためです。
運営さんや現環境に何の不満もない、オールクリアです!というワケではないのですよ。
…最後の最後に脱線するあたりがこのだらだらブログらしくて良いですね。



■まとめ
「なのだから」と「であっても」。

今日は、その二つの差異のようなものについて触れました。
…のようなもの、というのは、認識や位置づけ次第でだいぶ違うから。
何事もそうではあるのですけれど、コレは特にね。

私が言及した以外の道程を辿った方がいれば、どっちつかずの人もいるでしょう。
いずれでも、自分にとって良いこと、を第一に考えた結果のスタンスです。
ゲーム世界だからこそ美しい世界を愛でていたいという方がいれば、
ゲーム世界であっても、ありのままを見つめたいという方もいます。
どちらにもその狙いと意図があり、楽しみ方として誤りはありません。

そのなかで、私としては、ゲームだからと「ゲーム」の部分ばかりを取り上げるより、
ゲームを包むモノすらも楽しめたら、なスタンスです。
もちろん、ゲーム世界特有の楽しみや喜びも十分に味わっています。
軸足はこちらにおいて、ですね。
そのバランスが許されるのは、ゲームだからこそ、でしょうか!



あなたは、PSO2という世界に何を求めますか?
あなたは、PSO2という世界を含むバーチャル世界に何を求めますか?

私は、自らの糧とできる様々な出来事を、シェフのきまぐれコースをそのままに、
皿まで食べてやろうと常々思っています。
食べて、自分のものにしてやろうと常々考えています。
なんなら、目の前のあなただって、飲みこんでやろうと思っている、かもしれません。
なんせ欲張りのツチノコですから。
求めるものは、手の届くもの、飲みこめるもの、良いこと悪いことすべてです。



さぁ、あなたはどうでしょうか!




___
あとがき!
今回の記事は「その時私はPSO2に出逢った」のしずねさんとの第二回企画となります。
 (第壱回→距     離   感)
こらぁなんぞや?と言うと、"同じテーマで思ったことを書く"というもの。
今回は
 「ゲームなんだから、ゲームだからこそ、ゲームであっても」
がテーマでした。
こういう企画って、それなりに詰めてやるべきことなのですが、
そこを敢えてぶっつけ本番、互いの筆(指)が感じるままに書き綴るのも、また良いものです。


し「こういう企画どや」
雪「おうええんちゃうの」
し「ほんなら12月アタマの土曜あけといてや」
雪「あいよ」
し「テーマは~でいこか」
雪「がってん」
し「ほな!また!」

結構本気でこんな感じです。
本当にテーマだけ共有し、何が生まれるやらの出たとこ勝負。
私はツーシームを投げました。しずねさんは果たしてどのような球を投げたのか!
藤川球児の火の球ストレートか、星野伸之の魔球カーブか?
この記事と見比べてご覧頂くと、より楽しいかと思います!

 → http://blog.livedoor.jp/sh_pso2/archives/41059663.html
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COMMENT

いつもよりも文のボリュームが少しあるな、
と思いましたがそういったテーマの元の企画でしたか!!
相変わらず始め合間の画像のチョイスが素晴らしいです
2014/12/06(土) 12:01:50 |URL|i-on #- [EDIT]
>大阪弁喋れない
ここ最近で1番の驚きでした←
(静岡出身であることを棚に上げる屑)
さて、アバターと中身の話でしたね。
この世界で本当に中身がいないものといえば、夢と魔法の国の住民の(ハハッ)達くらいしか思い当たるものが無いので、結局は「画面の向こう」には自分と同じ人間がいる、ということを常々考えておかなければなりません。
これが全員ゼノやアフィンのように「画面の中」で勝手に動いて勝手に思考してくれる存在ならこれほど気楽なことは無いのですが、そういうのはオフラインゲームの役割ですからね。PSNOVAやっとこ(唐突なSEGA作品の宣伝
世界観ぶっ壊しも大概なことを言ってしまえば、結局のところ自分達が今この瞬間に存在するのは「現実世界」というフィールドなわけで、我らがオラクルもそのフィールドを土台にした上で初めて成立するんですよねー。
これらの前提を全てひっくり返して「オラクルこそが現実でこっちは仮想だ!」と(本当に心から)言える域まで到達した人がいるのなら…いつぞやの記事で用いた「廃人」を当てはめてもいいのかなと。「ハイジン」ではなく「廃人」の方で。
「ネットと現実(リアル)を混同しないように」…よく言われるインターネットの注意事項ですね。定番であり、正論であり、大切なことであると思います。
自分自身、この二者を混同することを心から肯定はしませんし。
「ゲームなんだから」「ゲームでも」
文字にするとなんと簡素で、そしてなんと正反対なんでしょう。
「じゃあアンタは完全に切り離せてるの?」と問われると、そりゃあもう全力でNoですよね。
っていうか切り離してたらいちいち個人のブログ覗いてコメント残すなんて行動を「現実世界で」起こしませんからね。
この時点でオラクルと現実切り離せてないね。やったね!ダメな人だね!(開き直り
一方で。
「オラクル」と「現実」は事実違う。間違いなく、反論の余地もなく、120%全然違う。この世界にゼノやゲッテムハルトはいませんし、オラクルに豆腐はありません(唐突なお豆腐系ネタ振り
ゲーム中でどんなに高レアリティのアイテムを入手しても、それは現実の自分にそれほど利を与えてはくれません。現実世界でどれだけがむしゃらにお仕事をして賃金を得たとしても、それはゲームの中では(現実に匹敵するほどの)大きな意味を持ちません。
(心の満足感とか、課金による拡張とか、そういったモノは別物として)
ならば、いっそ「私生活に直接支障の出ない範囲」だけでも丸っと取り込んでしまっても良いのではないか。
クエストをこなし、装備を強化し、フレンドと笑いあい、名前も顔も知らない人と一緒に馬鹿正直に戦って、多少の視点の違いからズレを生み出すことがあっても、最後の最後に全て受け止め、自分の力で立っていられれば、それはもう、(たとえ全てが仮初めであったとしても)その人の勝ちではないか。
まあ、自分で書いておきながら肝心の本人は雪崩の如く崩れ落ちまくりなんですけどね。このグダグダしているところまで含めて自分という人間…ということで1つ受け止めましょう。
松乃雪さんがツーシームとのことなので、こちらは自分の気の向くままに、ナックルボールを放ってみました。
投手が違えば、球種が違う。
書き手が違えば、文章が違う。
この記事も、コメントも、また今までと同様に飲み込んでいくことにしましょう。
あぁっ!待ってください!コメントらしからぬ長さとか言わないで!ツーシーム投げつけないで!
2014/12/06(土) 14:53:38 |URL|ぷりにぃ #rzVhfMJo [EDIT]
なるほどつまり人類は滅亡する。
2014/12/07(日) 09:20:40 |URL|マイペース鯖のミリー #- [EDIT]
コメントありがとうございます。
◆i-onさん
こう、実にパーソナルな部分のお話で申し訳ないですが…!
気合いが入った記事は画像ネタが多くなります。
著作権的には真っ黒です。
悪意のある感じではないということで苦笑いされている感じです。
◆ぷりにぃさん
なげぇ!(本音
人それぞれの触れ方、楽しみ方があるなかで、
お互いがお互いのスタンスを尊重しつついけると幸せですよね。
現実世界ではどうにも干渉しがちなところですが、
仮想世界では割と折り合いもつくものです。
そのあたりも、私達が求めるものなのかもしれませんね。
◆マイペース鯖のミリーさん
みじけぇ!(本音
2014/12/17(水) 01:04:43 |URL|松乃雪 #- [EDIT]

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