「怨」は怨恨のエンであって怨霊のオンからonちゃんを怨ちゃんと書くのはやめろ

2015/04/15, 09:12

■黄色い
HTB1.jpg

毎日更新がおかしかった…のは重々承知ですが。
今後はこんな感じで適当に間が空いていきます。

取り繕うのも面倒ゆえに真実を書けば、何かあっただけのこと。
リアルのみならずゲーム内でも、様々な方面から同時多発的に。
異動関連のあれこれも大きなものでした。今も色々あんねんけどもな。
それらも、ふたつみっつ程度ならまだ何とかなりましたが、
処理するそばから更に追加!は、さすがにしんどかった。
しかもそのうちの幾つかは、私が何よりも忌み嫌う

 「不義理アム

の見え隠れするモノで、よりしんどかった。
…偉そうに言える人間ではありませんが、筋は通したいし、通して欲しいのです。
もちろん私にも原因はあり、正負それぞれ挙げられる程度に把握もしています。
落ち度はいっぱい、果たした義務もいっぱい。
演じた部分、誠の部分もいろいろ。

同様に、相手方が抱え込んだモノ、投げ棄てたモノの把握もしています。
失点はたくさん、生み出してくれた価値もたくさん。
濁された部分、向き合ってくれた部分もさまざま。
察した限り、聞いた限りではありますけどもね。
さてさて。

 掛けた情けは水に流し、受けたonは石に刻め。
 怨みに報ゆるに直を以てす。

後者は"以直報on"の四字熟語としても知られますね。本当は"いちょくほうえん"だけど
"以報怨"もありますが、絵空事に過ぎて好みじゃない。
といったところで、これらふたつは私の座右の銘であります。他にもあるけど。
今日はこのお話をしてみましょうか。

つまりPSO2あんまり関係ねぇってことです。
そもそもなんやねんこの記事タイトルは。
■水洗式恩義
suisenshiki.jpg

まずはひとつめ、

 「掛けた情けは水に流し、受けた恩は石に刻め。」

これはざっくりいえば、

 「してやった事は忘れて、してもらった事は覚えておけよ」

ということアラヤダわかりやすい。
当ブログで度々言葉にしてきた「他人に期待しない」も、
いささか俗っぽい表現といえど、言わんとすることは同じ。
消極的(お上品)に言えば「忘れる」。
積極的(明け透け)に言えば「期待しない」ですね。

 こんだけ○○してやったのに!
 あのとき○○をしてあげたのに!

みたいなんはな、アカンねん。
そーいうのって、見返りや対価を求めた行動に終始してしまいます。
ちゃうねん、その時の自分がしたくてやっただけやねん。
自分がやりたくてやっただけ。
やりたくないからやらなかっただけ。
相手のためになんとか、ではないのです。格好つけるのは大概にせえ。
そんな綺麗事、うわべだけ取り繕ったモノは、トイレにザッと流してまえ。
過去を穢したらアカンのです。
どうですか。そういう押し付け、してませんか。腹を割って話そう。

一方で、してもらったことを忘れてはいけません。
形や思い出に残るものばかりではなく、
時間を、労力を使って頂いたこと自体も、忘れてはならない。
この言葉を聞いたのは小学校卒業の頃でしたから、かれこれ…
えー、2年間、して頂いたことの恩は忘れていません。
…たぶんね。

___
冗談はさておき。
私のおつむは、多くの人を記憶しておけるほど、高性能ではありません。
いくら賜った御恩といえど、覚えておくにキャパ的な限度もあります。
ゆえに、覚えておきたい人を選りすぐっているのですね。
だからというわけではありませんが、

 「俺、友達1000人いるんスよ」
 「みんなが大切な友達だから」
 「シカでした」

みたいな人達は、よほど頭脳明晰なのだろうなぁ、と思っています。
ホント、よく覚えてられますよね。羨ましいわー。
なにかひとつ忘れれば、その瞬間に他の友達より軽い存在ができるわけですよ。
まさかまさか!
「友達」に対してそんな!!
そんなことするわけがないですよね!!!
そんな扱いをできるのに「友達」だなんて!!!!

まあええわ。(適当
おべっかと建前で固めないと生きられない人間がいることも知っています。
---

してもらったことを忘れない。
ここで大切なのは、恩の概念。
恩義を感じていれば、それに背き、悖ることはできません。
…いや、別にしてもいいけど。私はしたくない。
裏返していえば、ヘタな人には恩義を感じないように距離を取っているとも言えます。

そのかわり、恩義を感じたら、受けたら、しっかりと報いなければ気がすまない。
例えその「報い方」が、私自身の全く望まない結末や状況に繋がっていたとしても、
そんな個人の感情と意思は後回しです。果たすべき役割と義務を果たす。
受けた恩の分は、しっかりと返礼する責任と義務が、私にはあります。
…要らないなら要らんって言ってくれれば良いですけど。その辺は柔軟。



■恩と怨
yasudasann.jpg

そして二番目、以直報怨。
これは簡単にいえば、

 「突っ掛かってこられたら、真正面から向き合おうぜ」

ということ。
好きではないと言った以報怨は…まあその、ググれ。(丸投げ
 怨に徳を返したら、善や徳には何を返すの?
 もっと大きな徳?そんなのあるならなんで怨にもそれ使わないの?
みたいなお話にもなっているので、つまりググって自分で考えよう。(丸投げ

___
さてさてさて、以直報怨。
「怨」と書けばユーレイが出そうなおどろおどろしい雰囲気ですが、
ここはもう少しフランクに。
悪意とか、不誠実とか、不義理アムとか。
自分あるいは当人に対して宜しくない、何らかの振る舞いのことと捉えましょう。
一つ目の「受けた恩」の逆で「被った怨」となりますね。
…に対して、直で報いる。
直で報いる…というのは、真正面からがっしりと受け止めて、論破すること。

 「それは違うわ」
 「ちゃんと認識せぇよ」
 「おいパイ喰わねぇか」

を提示してあげること…なのですが、楽なことではありません。
失敗失態を見咎められるのは、誰だってイヤなものです。
調子に乗って拡げた大風呂敷を畳むのは恥ずかしいし、
良い気分で吹聴した自分を下方修正するのも、顔から火がでそうになります。
そんなワケで、場合によっては恨まれます。思いっきり逆恨みですけど。
恥をかかせやがって、カッコ悪い姿を指摘しやがって。
嫌われ疎まれ、逃げられ遠ざけられ、なんてザラです。
でも自分がかわいいのは誰しもそうですから、仕方ないね。
そしてなにより、加減と塩梅が難しい。
特に、顔やしぐさの見えないネット世界なら尚更です。

が、結局は私がしたくてしたことの結果なのだから、しゃあない。
のうのうと、唯々諾々と、分かったフリで生きていくなんてまっぴらです。
仲良く居たいから、と唯のイエスマンに成り下がるつもりはないし、
良い所だけ見ていくなんてアンバランスな歩みもしたくありません。

よくない所はよくないと言い、ブレたならブレてるよと支える。
変化したならば、その変化を言い当てた上で、なぜかを質す。
見て見ぬふりは、自分と相手を爛れ腐らせるばかりです。

そのための以直報怨。



■まとめ
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COMMENT

Let it us. らしく行こう。
で、いいんじゃないかと思います。
2015/04/27(月) 10:26:16 |URL|名無乃権兵衛 #FsLi9vu. [EDIT]
◆ななし壱号さん
コメントありがとうございます、お返事が遅れてごめんなさい。
「らしくある」「自分らしさ」はなかなかに難しいものです。
自分のうちに在る自分、他者のなかに在る自分、
このケースではどちらも「松乃雪らしい松乃雪」でありましょう。
…という大前提はともかく、私のうちに在る私らしさでいこうと思います。
2015/05/11(月) 00:41:03 |URL|松乃雪 #- [EDIT]

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